渡邉恒雄の履歴書
日経の「私の履歴書」で、読売新聞グループのドンである渡邉恒雄氏の連載が始まった。なんで日本経済新聞社が読売新聞のナベツネの履歴書を扱うのだろうという素朴な違和感がある。そして、この御仁のことは百害あって一理ぐらいはあるのだろうというくらいの認識しかない。掲載に相応しい人物かどうかも疑わしいので、一話は読んだが、何より生理的に嫌悪を感じ、不愉快で続けて読む気はしない。
とにかく日本のご存命のお爺さん達の中で、この「私の履歴書」に登場できる人物が枯渇してきているということなのではないだろうか。或いは日経の「私の履歴書」のステータスが落ちてきているとか…。そんな印象を持ったのは、ジャック・ニクラウスの「私の履歴書」が連載されたときである。何も外国人の履歴書を読まなくても良かろうと思ったものである。余談だが、不思議なことに「私の履歴書」に掲載された人(執筆した人)は、掲載後だいたいすぐ死ぬ。書き足す履歴が無くなった人が執筆(掲載)されるのだから。あまり縁起のいい掲載では無い。今年では宮沢喜一の履歴書は面白かったが、この人のは面白そうではなさそう。渡邉氏も折角だからキレイゴトではない(この人にキレイゴトなど殆ど似合わない)哲学を、児玉誉士夫や中曽根康弘との闇の関係なども詳らかにした大往生記として書き残してみたらと思う。私は読まないが。
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